Behind the Story

12/26/2021
DODONPACHI DAI-OU-JOU
:: 怒首領蜂大往生
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  • SPS
  • 僕はそういうタイプ。逆に言うと僕の才能はそういうとこだけです
  • // Chapter 1
  • 「最初にラスボス見た時はみんな笑いましたね。ボクが考えた…小学生が考えた最強のラスボスみたいな(笑)」
    長いシューティングゲーム史においても屈指の難易度を誇る「怒首領蜂 大往生」。「緋蜂」とはその伝説のラスボスである。開幕から「避けさせる気がない」苛烈な攻撃が降り注ぐ。攻略方法は昔も今も残機を潰して火力を叩き込むやり方が基本で「普通に戦って勝てる感じじゃない」という。

    「ウメハラさんに僕、最初聞きましたもん『なんでこのタイトル選んだんですか?』って。『大往生』ってシューティングの中で一番一発勝負やっちゃ駄目なゲームなんで」
    難易度が高過ぎて見世物にならない可能性が少なからずある。「やっちゃ駄目」とはそういう意味なのだが、それをウメハラは二人同時に競わせるとSPSに伝えた。
    「ウメハラさんは僕とfufufuさんのスコア争いの話を聞いて決めただけで、ゲームの内容については知らなかったんですよ」
    超絶難度の2周目からは残機が没収されてゼロ。コンティニューもない。手練であろうがわずかな狂いでゲームオーバーになるこも珍しくもない。「怒首領蜂 大往生」は「そういうことが日常的に起こるゲーム」なのだ。だがそれでも「ガチで」やると言うウメハラ。
    「そこまで話をしてそれでもやるって言ってるんで。だったら別に結果がどうこうなろうがやりますよ」
    SPSも腹を括った。
  • // Chapter 2
  • 家庭用ゲーム機を楽しんでいたSPS少年がゲームセンターに通うようになったのは中学時代である。彼が生まれ育った四国における90年代当時の扱いは「不良のたまり場」。子供の遊び場として認知はされていなかったが、抗えない魅力がそこにはあった。ジャンルを問わず何でも遊んでいたという。
    近くまで来ると居てもたっても居られなくなって「ワクワクして走り出す」。彼にとって「ゲーセン」はそんな場所だった。アーケードゲームが特別だった時代を知っている世代であればその気持ちがよく理解出来るはずだ。
    少々意外だが本格的なゲーマーとしてのキャリアはシューティングゲームではなく「ぷよぷよ」である。公式大会(ばよえ~んツアー)の大阪予選を勝ち抜いて全国への切符を手にしたこともあるほどで、当時としては相当の腕前だったと言っていい。全国大会出場を機に全国のぷよぷよプレイヤーと仲良くなり、それから年に一度くらい遠征するようになった。それがSPSにとってゲームコミュニティとの最初の接点だった。
    東京のぷよぷよ仲間の家で見た「バトルガレッガ」の攻略映像がシューティングゲームに踏み込むきっかけとなった。「バトルガレッガ」は「獣道3」においても採用されたタイトルでもあるので記憶に新しい方も少なくないだろう。
    「何だこれは?って。『ワインダー』を避けてみたいって思った」
    5面と7面に出現するボスキャラであるブラックハート。その漆黒の無尾翼機による機銃掃射が通称「ワインダー」である。それまでのシューティングゲームには存在しなかったアイディアの攻撃であり、見た目のインパクトは凄まじい。
    シューティングゲームの難易度はある時期から加速度的にインフレを起こしていき、素人お断りのゲームジャンルとなっていた。だがそんなことはお構いなしにSPSはただ「やってみたい」と思ったという。

    「ああいうのやってみたいっていう変人だけが残ってるゲームなんで」
    これについては対戦相手であるfufufuもほぼ同様の発言をしている。シューティングゲームプレイヤー、別称シューターとはそういう性の持ち主なのだ。
  • // Chapter 3
  • 「レイストーム」「レイディアントシルバーガン」「バトライダー」……。地元のゲーセンに「バトルガレッガ」はなかったが、後に名作と呼ばれることになるゲームには事欠かなかった。
    SPSのシューティングゲームはないない尽くしで始まった。理論もない。情報もない。仲間もいなかった。「ゲーメスト」の攻略記事を読んではそれをトレースする。田舎ではそうするしかなかった。スコア狙いも全国レベルではなく、あくまで自己スコアの更新だった。少しずつスコアを伸ばしてはいたが、今から思えば「上手くはなかった」。それでも好きでやり続けた。

    2000年代に入って状況が変わった。交流サイト「mixi」の登場である。シューティングゲームのコミュニティに招待してもらうことで現場における生の攻略情報を入手出来るようになった。しかし、それだけでどうにかなるような甘い難易度のゲームジャンルではない。そこからはまた試行錯誤の連続だった。

    「完全に一人だったから。情報だけがあっても自分で気付かないと前に進まないっていう感じはありましたね」
    有用な情報であっても所詮は文字情報や口頭による伝聞でしかない。画面上の細かいディテールを理解して、その内容を正しく再現するのは簡単なことではなかった。絵面だけ真似しようとしてもまるで上手くいかない。「怒首領蜂 大往生(大往生)」のリリースもちょうどこの頃だった。

    「『大往生』が出た当時はひたすら愚直にやっていた。とにかく回数やるという」
    アドバイスも受けられない。ビデオ撮りの環境もなかった。
    「経験不足でフィードバックが得られないので回数しかなかった。ただそれだけじゃ無理なんですね。(スコアの世界では)勝てないんです、そういうやり方じゃ」
    なぜそう動くのか。最初は猿真似からはじまって理解するまでやる。来る日も来る日もその繰り返し。「少しは上手くなったかな」と実感を得たのは、何年もの月日が経ってからのことだった。
  • // Chapter 4
  • 香川でシューターライフを送っていたSPSが上京したのは2008年。きっかけはケイブのシューティングゲーム「ケツイ 絆地獄たち」におけるXbox360版の移植だった。

    「がん」。SPSとfufufuの両者を知る人物であり自身も凄腕のシューターである。「ケツイ 絆地獄たち」移植版のテストプレイヤーとして参加していた彼が白羽の矢を立てたのが、当時「A機体」におけるハイスコア保持者であるSPSだった。

    SPSにとって関東在住のがんは一年前に地元香川に遊びに来たというだけの縁だった。
    「その場で返事して。あ、じゃあ仕事辞めて行くわって(笑)」
    正社員としての仕事にも就いていたが、それを辞めて一週間後には上京していた。わずか数ヶ月のバイトであったが躊躇はなかった。
    「仕事は探せばある。やろうと思えば何でも出来る。でもここで断ったら一生ゲーム制作に関われる機会は多分ない。チャンスだと思った」
    20代も終わろうとしていた時期だった。自分の丈や将来の可能性を何となく分かってくる年齢でもある。地元で安定した仕事を続けていることが悪い筈もない。だがこの誘いに対しての迷いはなかった。彼にとってシューティングゲームはそれだけのものだった。
    「アホでしょ、ノリだった(笑) 住む場所だけは用意するけど移植が終わったらそれまでよ、と。そういう条件だった」
    大好きなシューティングゲームに関われる。「本当、ただそれだけ」だった。

    上京してテストプレイに参加すると、がんが自分を呼んだ理由がSPSにはすぐ分かった。悪くない内容だったがシューター目線として物足りない部分が少なからずあったのだ。「そのまま出すわけには絶対に行かない」と強く思った。
    「自分が関わって『あの出来か』と言われるのは嫌じゃないですか」
    ハードの違いに起因する言葉にならない違和感。表現しきれない微妙な挙動の違い。並べて比較するためにアーケードで録画までした。そこまでしなくてもというレベルまで二人はやった。

    がん「僕は本業の仕事もあったけどSPSは四六時中やってくれていた。あれがなかったらXbox360版はあの出来にはならなかった」
    スタッフロールに名前が残る。シューターとしてがんにとっても一つのゴールであり勲章だった。「思いは一緒でしたね」と語るSPS。その彼も誠実な仕事振りを買われ制作側として仕事を続けられることになった。
    がん「ホッとした。呼んだ手前、生活の基盤がないのはどうかと思っていたので」
    SPSの東京暮らしはなし崩しに延長。会社の用意した住居は契約が切れたのでがんの家に転がり込んだ。二人が「オレお前」の仲になるのに時間はかからなかった。
  • // Chapter 5
  • 「基本的に理詰めが好き」とSPSは語る。アドリブを含めたセンス任せのプレイも「やって出来くなくはないと思う」が再現性がなければ「成功率に関わる」。だから詰められるだけ理で詰めるのがSPSのスタイルだ。
    「それに他の全1取っている方と客観的に比較すると多分自分のセンスは劣っているだろう、と。だからそこで勝負をしたくない」
    例えば「怒首領蜂 大往生」であれば最難関の2-5のような場面においてはまずクリアを優先する。他方、対戦相手でもあるfufufuであれば過去のハイスコア争い当時、そこでさえ稼ぎを狙っていたという。トップレベルのスコア争いであっても正解はそれぞれ。プレイヤーによって「戦略が違う」のだ。

    難所でさえ果敢に稼ぎを狙える天才肌のfufufuの地力は自身より勝るのだろう。試行回数を増やしてアベレージで競うのであればfufufuが有利なのかもしれない。しかし、とSPSは言う。
    「ハイスコアの恐ろしいとこってアベレージが高ければ良いわけじゃないんですよ。一番高いスコアを一回出せばいいんで単純に単に地力がある人だけが勝つ世界ではない。運も必要だし、一発を繋げるっていう…なので一概には言えない。もちろん地力ある方が勝ちやすいのは勝ちやすいんだけど全部のタイトルそうなってるかっていうとそうでもないんで」
    モータースポーツで言うところの「強いドライバー」とでも言おうか。レースの目的はファステストラップでも予選一位でもない。大差をつけて圧倒することでもない。勝つ為の展開を逆算してレースを構築。安全マージンを取りつつ必要な勝負を無駄なく見極める。そんな「速い」のではなく「強い」ドライバーを彷彿とさせる。

    「地力だけでどうにかなるほど甘くない」SPSの語り口からは戦略家のしぶとさが溢れている。凄腕の二人にとってさえ2周クリアする保証のない「大往生」。勝負の力点をどこに置くのかは、この戦いの見どころの一つになるはずだ。

    がん「見たことない人からすると2-1ボスの開幕の弾幕って凄いことになってるんで。シューティング勢はみんな手に汗握るんじゃないかな。暴れるな、頼むから。頼むっから暴れるなって」
    2周目1面ボスが一つの山場「祈りポイント」と語るのはがん。一周目をクリアすると残機は没収されているのでゼロ。その状態でランダム要素の高い弾幕を避け続けなければならない。見ているだけで「心臓が痛くなる」という。
    がん「後ろで見ながら自分でも(頭の中で)避けるんですけど…追いつかない。押されていくようなイメージ」
    ゲームオーバーになっても一度だけ再挑戦できるルールではあるものの、ミスをすれば20分の努力が消し飛ぶことになる。後がなくなることによるプレッシャーも増大するだろう。先の道中も厳しいが、まずはこの「2-1」をクリアすること。そこさえ超えればクリアはともかく先を見て楽しんでもらえる。そんなイベントの行方を左右する分岐点が「2-1ボス」なのである。

    「片方進んで片方やり直しはちょっとね。見てる方は面白くない、白熱感ないんで」
    一度だけやり直しが利くというルールではあるが、並走での勝負になって欲しいと語るSPS。それは「視聴者の99%以上はシューティングゲームを知らない人」だからだ。
    だが何と言っても「シューティングの中で一番一発勝負やっちゃ駄目なゲーム」である。そもそも並走以前に難所の「2-1」を超えられない可能性があるのではないか。そう問うと「オレ的にそう深刻には思ってない」と意外な答えが帰ってきた。
    「何故ならオレ一人でやってないから(笑) 相手がクリアしてくれたら絵面的にはいいじゃん、形にはなる」
    そんな「ある意味での保険」があるのだと笑う。シューターとして「シューティングを知らない視聴者」も戦う相手であるのなら、対戦相手であるfufufuは「敵であり味方」なのだ。
    がん「互いにそう思っているだろうね。『カイジ』の鉄骨渡りみたいな(笑)」
    プレッシャーは一人で背負うのではなくライバルと背負う。高レベルのハイスコアを争った間柄だからこその信頼があるのかもしれない。

    「向こうは地力というか精度、僕は心がけ(笑) ……走り込みもそろそろしようかなって」
    「準備が全て」と語るSPS。それが彼にとっての心がけだ。若い頃に比べれば動体視力も集中力も同じとはいかない。年齢相応の体力の衰えを感じる時もある。そういった不安は「準備」で抜かりなく刈り取っておく。

    一方で試合当日のメンタルについてはそれほど心配していないようだ。
    「プレッシャー感じて自滅する形になってもしょうがないんで。僕はこういうイベント出る時はハナから諦めの境地で出てる。失敗して当たり前だから。そんな一回で上手くいくわけねえ、って思うメンタルでやって結果的に上手くいってるんで」
    一発勝負だからこそ身を捨てる。百戦錬磨のキャリアを感じさせる力強い言葉だった。
  • // Chapter 6
  • 「ゲームに打ち込んでいるという点はウメハラさんも僕も変わらない。なのにどうしてシューティングにはプロがないんでしょうね」
    取材を終えて帰りの駅に向かう道すがらのこと、そう呟くように言われ思わず言葉を失った。小雨が降っていた。

    かつてシューティングゲームには真夏があった。
    90年代初頭まで最もゲーセンで尊敬されていたのはハイスコアラー。中でもシューティングゲームのそれは一目も二目も置かれていた。単なるハイスコアラーではなく「シューター」という別称が存在することからもそれは伝わるだろう。

    商業誌である「GAMEST」や「マイコンベーシックマガジン」におけるハイスコア集計。80年代後半の締め切りが近付いた集計店は一種異様な雰囲気に包まれていた。鬼気迫るスコアラーの表情は遊技場におけるそれではなく、テーブル筐体をギャラリーが囲み固唾を呑んでプレイの行方を見守る。首尾よくハイスコアを叩き出すことは稀で、チャレンジに失敗したプレイヤーによる強烈な台パンチや怒鳴り声、絶叫が店内に響き渡ることも珍しくはなかった。幼稚と感じる向きもあるだろう。裏を返せばそれほど真剣だったのだ。

    「あの時代だけですよ、あれだけの熱量持ってやってるのは」
    SPSの熱量だって勝るとも劣らない。ゼロ年代には商業誌「アルカディア」におけるハイスコアの締め切りも経験している。だが、やはりそれは違うものなのだと言う。
    「あの当時の環境じゃないと、あのモチベは出せないんですよ。熱量ですよね。遠征しないと情報が手に入らない。相手がどうかも分かんない。発売された紙面を見てはじめて結果が出て悔しい…。その悔しさの度合って今と全然違うはずなんですよ。あの環境がもう白熱するのに最適な環境だった。……昔のアレとは違う。昔はね、ほんっと何だ、殺伐としてるレベルで。星の数(*1)とかあるから目の色のアレがぜんぜん違う。精神的には一緒ですよ。そういう、何だろうな。そこまで…ここで出さないと死ぬんじゃないかみたいな必死さはない。良くも悪くもですけど」
    そんな時代を過ごせたのはせいぜい自分よりも3つ4つ上の世代までのこと。「日付に縛られてやるっていうのは昔の感覚」であって現在の状況では「ライフスタイルの一環」としてやらざるを得ないのだという。
    最大の理由は新作が出ないことだ。それぞれがスコア更新を狙う既存のタイトルは煮詰まっており、当然更新頻度も減っていく。期日を区切られようが更新出来ないものは更新出来ない。だから「ライフスタイルの中でゲーセンに行って自分なりに詰めるしかない」ということになる。

    「スコアを突き詰めるという信念や考え方、遊び方は上京前と変わっていない。ただそれが全1に届くか届かないかというだけで。スコアラーはそういう人は多いんじゃないかな。ライフスタイルなんでね、(熱は)変わりようがない。ただ周りは止めていく人は多い、新作が出ないから減っていく。そういう部分で淋しさはある」

    大好きなシューティングゲームに関わりたい。ただそれだけの理由で仕事を辞めて体一つで上京した。一つのタイトルに「余裕で車が買える」くらい注ぎ込んだ。開店と同時にゲーセンに行き食事も忘れて練習を続けた。恐らく彼は全てを賭けて取り組んだのだ。かつてのウメハラが格闘ゲームでそうしたように。

    それほどの情熱を傾けたシューティングゲームは今や完全に斜陽である。新作の兆候もなく、ライバルは減っていく。世間で盛り上がっているeスポーツなど夢のまた夢。かつての真夏にも間に合わなかった。

    格ゲーの隆盛とシューティングの衰勢。そうなった理屈は幾らでもつけられるだろう。だが本質的にはどんな理屈も当事者にとっては無意味だ。極論すれば人は生まれる場所も時間も選べないし、本人の努力とは無関係の時勢や巡り合わせによってその運命は左右される。ただそれだけのことで、そこに良し悪しなどありはしない。ありはしないのだが、だからこそ釈然としないのだとも言える。

    「……同じように打ち込んで来たのにこの差は何なんでしょうね」SPSの声色に含まれた漠とした疑問のニュアンス。そこには何かこちらを動揺させる響きがあった。

    かつて「栄光なき天才たち(*2)」という漫画が存在した。巡り合わせにまつわる人生の悲喜劇が集められている作品である。この作品が長寿の連載になったのはそれが人にとって普遍的なテーマだったからに他ならない。SPSの疑問も根は同じだ。彼の疑問が胸打つのは、本当はそれが誰にとっても地続きの問題だからだ。

    がん「折れないんですよこの人。このレベルになるとスコア更新のチャンスは月に一度あるかないか。だからそのチャンスをフイにした時にダメージを受けるんです。自分なんかはその日はもうやりたくなくなる。でもSPSは平気で連コインが出来るんです」
    SPS「僕はそういうタイプ。逆に言うと僕の才能はそういうとこだけです」

    不屈一つでやってきた。これからもきっとそうだろう。2021年12月30日、不屈の男、出撃―。

    *1 星の数:ハイスコアを獲得すると星が一つ店舗にも授与される。星の数が多いほど店舗の格が上がるので、ハイスコア獲得はプレイヤーのみならず所属する店舗の名誉にもなっていた。
    *2 栄光なき天才たち:「週刊ヤングジャンプ」(集英社) 1986年23号~1992年24号
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